森見登美彦『きつねのはなし』

読書

闇の中で、ケモノが笑った。
美しく、怖ろしくて、愛おしい、京都奇譚集。

「庭に誰かいますか」
私が尋ねると、天城さんはふいに顔の皮膚が突っ張ったような表情をした。眼球が動きを止めて、深い眼窩の中で凍りついたように見えた。
「庭に? 誰が? 」彼は私の顔を見つめたまま鋭く言った。(本文より)
「知り合いから妙なケモノをもらってね」籠の中で何かが身じろぎする気配がした。古道具店の主から風呂敷包みを託された青年が訪れた、奇妙な屋敷。彼はそこで魔に魅入られたのか(表題作)。通夜の後、男たちの酒宴が始まった。やがて先代より預かったという“家宝”を持った女が現れて(「水神」)。闇に蟠るもの、おまえの名は? 底知れぬ謎を秘めた古都を舞台に描く、漆黒の作品集。

ファンタジー色の強い森見さんの作品に最近はまっていて手に取った一冊。
その中でもホラー寄りではあるが、怖いというよりも不思議な正体のつかめなさが強く出ていて、そこが好きなところ。

いつも通り京都を舞台にしていて、古道具を扱う芳蓮堂、胴の長い狐のような化け物、狐面の男などの複数の作品に共通する人物や小物が登場する。
しかし少しずつ描写が違ったりしていて、本当に同じものなのか実は違うのか、並行世界にあるのかなどの想像の余地のあるはっきりしない感じがいい。

「きつねのはなし」☆☆☆☆
指定されたものを差し出せば、それと引き換えに何か願いをかなえてくれる狐面の男の話。
どうやら要求されるものは段々価値が高くなっているようで、最終的に「もう君は私の欲しいものを持っていない」「可哀相に」と言われた時の絶望感たるや。

「果実の中の龍」☆☆☆☆
主人公の大学の先輩は大学を休学してシルクロードを旅したという男で、ほかにも京都市内のあちこちでバイトをしていたり変わった経歴を持っていて、とにかく経験豊富で話題の尽きない人であった。
しかし、先輩の彼女は彼について「つまらない人」だと評している。
それはどういう意味なのか。

先輩は狂気に飲まれつつも、自らそれを理解している様子だ。
でもそれなら、クリスマスの日の振る舞いは何だったのか。
自分がおかしいとわかっていながらあの振る舞いだったのか、それとも完全に狂気に飲まれてしまったのか。

「魔」☆☆
狐のような胴の長いケモノに襲われる事件が起き、町内では見回りを強化していた。
しかし、見回りを行う登場人物の誰もが怪しい挙動をしており、また互いに警戒しているようでもある。
その不穏な空気がとてもよかったのだが、最後の最後に「魔王決戦!俺たちの戦いはこれからだ!先生の次回作にご期待ください!-完-」みたいな終わりになったのが残念。

「水神」☆☆☆
主人公の祖父が亡くなり、その葬式で水にまつわる不思議な出来事が起こる。
古い家屋に歴史のある一族が出てきて、呪いに水神といかにもジャパニーズホラーっぽい作品。
結局どういう理屈の話だったのかはっきりしないが、そこがいい。


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