ミステリあり、社会性あり、文学性もありで、それらが調和しているのが信じられない。
2004年の作品を新装版として刊行するのも頷ける出来。
元々「古典部」シリーズとして書かれていたこともあり、扱われるのは日常の謎。
いくつかある小さな謎は古典部シリーズと比べるとすこし面白みに欠けるが、メインとなる大きな謎はすばらしかった。
内紛状態にあるユーゴスラヴィアに帰ったマーヤは、6つの国のうちどこに帰ったのか。
それが解決したところで主人公達にはどうすることもできないが、マーヤの身の安全を信じたい気持ちから探偵になるというのがとても等身大でいいと思った。
謎の伏線は全編にちりばめられ、ふとした会話の言葉尻や実在する国の情報などあらゆるものからヒントを得て謎を解いていくのもおもしろい。
どうやってこの謎と、その解き方を考え付いたのか。
浅い知識ではとても書けない内容だが、ユーゴスラヴィアは著者の大学時代の研究テーマだったそう。
紛争があったのは私が生まれた前後のことだ。
大人になった今でも紛争の名前や国の名前が変わったくらいのことしか知らなかった。
そんな私にとって勉強になる作品だったが、遠い地のいくらか昔の話だと思考停止してはいけないのだろう。
世界中で今も紛争は起こっているし、スペインやスコットランドでは紛争にならずとも似たような独立運動が起こっている。
平和で、単一民族国家の日本では想像できないことがたくさんある。
しかし。
それを知ったところでどうなる、というのも事実だ。
一個人では紛争問題の解決はおろか、人ひとり助けることも難しい。
残酷な現実がある。
二十歳にも満たない守屋にはこたえただろう。
このぐらいの年頃だと、まだ自分が物語の主人公みたいな錯覚があって、自分がやろうと思えばできるんじゃないかと勘違いしてしまうことがある。
マーヤに「観光気分」とたしなめられたくらいで済んでよかった、と思ったら、やっぱり現実はもっともっと厳しかった。
新装版にはボーナストラックとして「花冠の日」が書き下ろされているが、これがラストシーンの前に配置されていなくてよかった。
もしそうだったらあまりに悲劇的過ぎる。
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