小嶋陽太郎が描く人の抱える痛みが、踏切の遮断機の音のように急かされて押し寄せてくる。
『火星の話』で見せていた片鱗が大化けした。
環境に恵まれて毎日元気に暮らしている幸せな人にはこの小説はただの暗い話にしか見えないかもしれない。
でも、人の悪意に敏感で、ぐちゃぐちゃと深く考え込んで、勝手に痛みを抱えこんでしまうような人には、とてもよくわかる物語だと思う。
主人公がまさにそういう青年で、主人公視点の地の文は鬱屈している。
広崎と吉岡との出会いのシーンはとてもわくわくしたのだが、主人公は過去の経験からなかなか彼らと距離を詰めることができない。
でも、痛みを抱えているのは主人公だけではない。
他の登場人物たちにもそれぞれに暗い過去があって、どうにもすれ違ってしまう。
はじめに「幸せな人にはわからない話」なんて、まるで自分だけが被害者みたいなことを書いたが、幸せばかりの人間なんていないということは私もよくわかっている。
誰しも少なからず傷跡はある。
周りとの価値観の違いに悩んだり、作中で「バランス」あるいは「ゼロととなり合わせの百」と表現されるような人間の不安定さに振り回されたり。
でもそれはいつかは乗り越えなければいけない。
その方法はいくつかあるけれど、私はやはり互いの荷物を共有していける相手がいればいいなと思う。
物語のラストは小さな光だが、私には小さくとも眩しく感じられた。
「悲しい話は終わりにしよう」というタイトルが、とても大きな一歩になる力を秘めている。
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