新海誠『小説 言の葉の庭』

読書

映画のノベライズというと、だいたいの作品は映画で十分、よくて映画の補完的な役割を持つ程度の作品ばかりという印象がある。
しかし『言の葉の庭』は映画も小説もそれぞれで作品として完成しており、両方見れば相乗効果的に楽しめる作品だ。
新海誠は映画はもちろんだが、小説もこれほど高いレベルで書けるのかと驚いた。

「言の葉の庭」の映画は46分と短いが、作品としての不足はない。
ただ、その時間の短さから主人公の孝雄と雪野以外の登場人物にはフォーカスを当てていなかった。
それでも、脇役にも彼らなりの生活があることを感じさせるようなシーンが何か所かあった。

小説版では、その脇役たちの物語が孝雄と雪野の物語の合間に挟まれている。
そして、「言の葉の庭」の世界が孝雄と雪野だけのものではなくて、他の人たちにもそれぞれの事情があるということを主張してくる。

ふつう、本編とは違う話を展開させていくと作品世界を壊してしまうものだが、本作ではそうはならなかった。
脇役たちの物語で扱うテーマが、本編の「孤悲」の物語の根底にある、もしくは寄り添う形で存在する、誰にでも共通するものだからだ。
それは、作中の言葉で言うなら「どうせ人間なんて、みんなどっかちょっとずつおかしい」ということ。

本編の前に、脇役たちの物語から少し触れていきたい。
秋月孝雄の兄、秋月翔太。
年下の自分をしっかり持っている彼女に対するもやもやとした劣等感やら嫉妬やらがよく描かれていた。
短編としてはよくある感じの作品だが、本編の間の挿話としては十分。
問題の解決に弟の孝雄がちょっとしたきっかけとしてだけ役立ってるのも丁度いい。

雪野の元恋人で同僚の伊藤宗一郎。
「かつて俺は奇跡に出会ったのに。それなのに、自分では指一本動かさぬまま、それを永遠に葬ってしまった。」
恋人に求めることとして、「一緒にいると楽しい」とか、「お互いを高め合えること」とか様々あるが、それらはたいてい何事もないときの話だ。
個人的には、「つらい状況の時に互いの救いになること」がとても大事だと考えていて、雪野が必要としていたものも救いだったはず。
私は乱暴な体育教師が嫌いで彼にいい印象を持たなかったのだが、「嘘みたいに簡単に百香里の手を離してしまった」というエピソードに少し共感するところがあった。

雪野を追い込んだ張本人相澤祥子。
憧れが憎しみに変わるというのもよくある話だが、よくあるからこそ、理解していても割り切ることができないのかもしれない。
ましてや高校生ではなおさら。

秋月孝雄の母秋月怜美。
「今の若い子って、なんだか妙に他罰的なのよ。自分を差し置いて他人にはやけに厳しいの。自分がどれだけ他人から許されてきたかは省みないで、それなのに道徳とか倫理とか、へんに常識的な振る舞いを人には要求するの。プライドは高いくせに承認欲求に飢えてて、そのくせ他人の価値は認めたがらないの」
社会に出てみて、尊敬できる上司・先輩と感じるのは「自分に厳しく他人に優しい人」か「自分にも他人にも厳しい人」だ。
そしてたまにいる「自分にも他人にも優しい」タイプの人に助けられる。
秋月怜美はこのタイプ。
ダメな面もあるけれど、その分他の人のダメなところも許してくれる。
年のせいか、こういう大人の優しさに最近弱い。
あと母親の描写も。
怜美は三者面談で隣を歩く息子の背の高さを感じていたが、私も高校生の時に同じく三者面談で母親が小さくなったと感じたのを思い出した。

それでは本編。
といっても、この本を手に取る人はたいてい映画を見ているだろうし、映画と小説で大きく違うところもないので、多く語ることはそんなにない。
でも、情景描写で言えばさすがに新海誠の本気の映像の方が勝る。
新宿御苑の雨と緑の描写、東屋で雪野の足のサイズを測るエロティックなシーン、大雨に降られたあと雪野の部屋での二人だけの時間、そしてラストの雪野の心情の吐露などのシーンはとくに映画の方が雰囲気が出ていた。
あと、小説ではラストシーンのようにスピード感を持たせようとすると脚本のようになってしまうきらいがあるのも気になった。
でも、映画と比べると、というだけで、小説もとてもよくできていることは間違いない。
孝雄と雪野の互いに必要としているものがかっちりとはまるような救いの恋愛がとても好きだ。

映画のラストシーンの後、孝雄が靴の専門学校に行って雪野が地元に帰って、さらにその後の話が小説では少しだけ読めるのもファンにはありがたい。

本書は装丁が美しいこともポイントが高い。
文庫版は映画の画像が印刷されているだけで味気ないが、単行本は作品の世界観をイメージした緑色の紙の表紙に、葉っぱの形の箔の型押し加工がされている。
スピンも緑色。
ハードカバーで値が張るが、こういう美術性もある本だとその価値があると思う。

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